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2018年10月30日 (火)

鳴門市学校給食センター見学

 
Photo  先日、鳴門市学校給食センターを見学に行ってきた。

 婦人達の集いで、家内が他のイベントと重なった為、私が代わって参加した次第である。

 鳴門市の給食センターは、昨年完成し、昨年の2学期から操業が始まったとのこと。

 10数名が見学に参加したが、中に入って、2回の廊下の所からガラス越しに一階の作業場を一望することが出来た、すると婦人達がてきぱきと作業をしておられた。

 そのあと、部屋に入って、責任者から色々説明をしていただいた。

 説明によると、従業員33名で、鳴門市の公立中学、小学、幼稚園に、6千食近い給食を作って届けているとのことであった。

 そのあと、前もって質問文章が出来ていて、その質問に対してお答えくださった。

 その質問のいくつかをあげると、食中毒に対する対策、食材の農薬に対する問題、アレルギーのある生徒さんへの取り組み方などであった。

 食材を購入する場合は、細かくチエック出来ない面もあるようであるが、出来る限りの事はなされているとのことであった。

 私は、その質問書以外の点で、最近問題となっている、大豆などでの遺伝子組換問題について質問した。

 すると、すべて遺伝子の組換をしていないものを用いてもらっているとの事であった。

 また、子供達の好き嫌いの問題について質問した。

 この問題は学校の教育の問題であって、作る側としては出来るだけ食べやすく、美味しいものを提供するよう心がけているとのことであった。

 「ただ、この問題は、子供に無理強いすることも出来なく、非常に難しい問題であるようです」との答えであった。

 最後に、その日の給食を300円を支払って試食した。

 その日のメニューは、玄米がわずかに入ったご飯と、ヒジキのスダチあえで、他人丼とメニューに書かれていたので、ご飯の上にぶっかけて丼にして食べる様に作られていた。

 また他に、ニンニク、ごぼう、たまねぎ、にんじん、ネギ、キャベツ、キュウリ、すだち果汁、それに牛肉、ちりめん、卵、ちくわなどの煮物、そして牛乳の小パックであった。

 それらを試食させてもらったが、味は申し分なく美味しかった。

 まさに、完璧な給食であると本当に感心させられた。

 そうした献立表を、1ヶ月分頂いたが、毎日出来るだけ新鮮な食材を確保し、時間内に作って、各学校に送り届けると言うことは、本当に大変な事だと思った。

 この事を通して、私達は肉体を健全に保つ為に、毎日食べる食物については、よりよく注意するものであるが、私達の心というか魂を養う食べ物については、案外いい加減になっているのではないかと思った。

 聖書には、イエス様のことばとして「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる』と書いてある」 とある。(マタイ4:4)。

 肉体の食物も大切ではあるが、霊の食物についても、それ以上に大切であることを忘れてはならないと思った。

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2018年10月16日 (火)

日帰り高知観光

  Yjimage2 10月2日に、京都から娘が来たので、次の日、家内と娘の3人で、30数年ぶりに日帰りで高知観光に行ってきた。

 カーナビに打ち込むと約3時間とのことであったが、2時間半で着いた。

 そこでまず高知城に行った。

 すると、ボランティアの方が、天守の主要なところを説明してくださった。

 高知城の本丸の建物のほとんどがそのまま現存する国内唯一の城であるとのことであった。

 その後、お昼となったので歩いて、ひろめ市場と言う所に行った。

 市場の中に入ると、テーブルが並べられてあって、その周りに飲食店があった。そこでカツオの塩たたきを食べたが、さすがに高知ならではの美味しい味であった。

 次は、龍馬の生まれたまち記念館に行った。

 その場所は、龍馬の人間形成の基盤となる家族やまちを紹介し、さまざまな困難を乗り越え、近代国家へ尽力した龍馬を顕彰するため、2004年に建てられたという。

 その展示館では当時のまちの様子や歴史、龍馬誕生から脱藩まで少年時代を中心に映像や模型などでわかりやすく紹介していた。

 そのすぐ近くに、龍馬の聖誕地があると言うので、車をそこに置いたまま、歩いて行って見た。

 でもそこは石碑が建っているだけであった。

 次は、桂浜にある龍馬記念館に向かった。約30分間ぐらいで、桂浜の小高い山の上に、以前の記念館の横に、リニュ-アルされた龍馬記念館が出来ていた。

 その記念館は以前の記念館より随分広く、龍馬が書いた書簡を中心に展示されていた。

 その記念館の中での龍馬の有名な言葉を一部紹介しると、

 「日本を今一度せんたくいたし申候」、

 「何の志も無きところに、ぐずぐずして日を送るは、実に大馬鹿者なり」

 「義理などは夢にも思ふことなかれ。身をしばらるるものなり」、

 「何でも思い切ってやってみることですよ。どっちに転んだって人間、野辺の石ころ同様、骨となって一生を終えるのだから」、

 「業なかばで倒れてもよい。そのときは、目標の方角にむかい、その姿勢で倒れよ」、

 「財政の独立なくては、思想の独立もなく、行動の自由もない」。

 最後は、桂浜の高台にある龍馬銅像に行った。

 日本のあちこちに龍馬の銅像が建てられているが、桂浜の銅像が一番高くて大きく、太平洋に顔を向けて、いかにも夢を膨らませているように見えた。

 考えて見ると明治維新に活躍した武士達のほとんどが下級武士達であった。

 彼らは、高い理想を掲げ、若いエネルギーをもって、新しい日本づくりにまい進して行ったと言える。

 当時,下級武士というのは、何時も冷や飯を食べさせられている立場であったのが、返ってエネルギーとなったのかも知れないと思った。

 「主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない」 (イザヤ40章31節)

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