2018年6月30日 (土)

野菜作りの失敗

  

4  私は、現在わずかながら野菜を作っている。

 5年ほど前までは、約150坪ほどの畑をお借りして、色々な野菜を作っていたが、その畑はお返しして、今は公共の狭い土地である。

 その場所は家には近いが、昔東西に水が流れていた川底で10年昔、別に用水路を作った為に、水が流れなくなった砂地である

 鳴門に越して来た当初から使わしてもらっているが、野菜作りに適しているとは思えない地である。

 と言うのは、平地の中の川であった為,両岸に高い土手があり、その北側には竹藪と大きな木が生えている。

 そしてそれらの枝が畑に被さってきて、日光を遮っている。

 また、南側の土手の上には道があるが、その道の南側には楠の木が生えている。

 広島から越して来た当初は、まだ楠の木もそれほど大きくなかったが、段段大きくなってきて、日光を遮る状態となって来たのである。

 従って秋に植える野菜は、ほとんど育たなくなってしまった。

 春に植える野菜は、太陽が上にあがってくるので、何とか作る事が出来る状態である。

 それで、トマトと、きうりだけは、畑を借りていた時にもそこで作っていた。

 そして、毎年それぞれ10本の苗を購入してきて植えるのであが、収穫最盛期には、沢山採れるが、その期間が1ヶ月程度であまりにも短いので、長く収穫出来るようにしようと考え、今年はトマトもきうりも苗を植える時季をずらして植えてみた。

 ホームセンターで苗を発売しだした4月の始めに各5本ずつを購入して植えた。

 勿論その時季はまだ寒いので、寒さ対策として,あんどんのような形の柵で風を防ぎ、またその上には、きめの細かいネットで覆った。

 そうすると、寒さにやられることはなかった。

 しかし、まだ寒いのか、葉っぱは非常に濃い緑だが、なかなか成長しなかった。

 そして暖かくなるに従って少しずつ成長しだしたのである。

 後で分かった事であるが、あの成長しなかった時期には、根をしっかりと伸ばしていたみたいである。

 その証拠に、トマトもきうりも、幹が随分太くなり、葉っぱも濃い緑で、大きく成長した行った。

 さて、1ヶ月遅らせて、最後に売り出した苗を購入して、各5本ずつ植えていった。

 所が、その頃はとても暖かくなっていた為、きうりの苗は今度は、ひょろひょろと、いかにも細いつるとなって早く成長して行ったのである。

 また、葉っぱも、小さく、濃い緑色ではなく、いかにも弱々しい。

 そして最初に植えたきうりと同じ時期に、実が出来てきた。

 それも、各つるに1本だけで、その後は、葉っぱが黄色くなり、しおれてきて、実がならなくなってしまった。 

 トマトの方は,少しはましな様であるが、後から植えたきうりは、苗代も取れないあわれな状態となってしまった。

 何が原因かは分からないが、最初のもくろみは大失敗に終わってしまったのである。

 聖書には「私が植えて、アポロが水を注ぎました。成長させたのは神です」(Ⅰコリント3:6)とある。

 成長は神のなされる事であるが、植えたり、水を注ぐ事も、いい加減であってなならない事を教えてくれた。

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2018年6月16日 (土)

映画「万引き家族」を観て

 Photo_2 日本映画として、21年ぶりにカンヌ国際映画祭で最高賞を受賞した是枝昌平監督の「万引き家族」を家内と共に観に行って来た。

 実は私の誕生日前であり、毎年出来る限り二人で誕生日には,共に外食するように心がけている。

 だが今年は誕生日当日は,予定が入っているので,前倒しして,映画を観、そのあと食事をしてきた訳である。 

 映画の主な内容は、東京下町の高層マンションの谷間に取り残されたように建つ古い平屋に、家主であるお婆ちゃん「初恵」(樹木希林)の年金を目当てに、「治」(リリー・フランキー)と「信代」(安藤サクラ)の夫婦、息子の祥太、信代の妹の亜紀が暮らしている。

 彼らは初枝の年金では足りない生活費を万引きで稼ぐという社会の底辺にいるような一家である。

 しかし、いつも笑いが絶えない日々を送っている。

 そんなある冬の日、近所の団地の廊下で寒さに震えていた幼い女の子「ゆり」を見かねた治が家に連れ帰る。

 ゆりの体が傷だらけであることを心配した信代は、彼女を娘として育てることになる。

 しかし、ある事件をきっかけに仲の良かった家族はバラバラになっていき、それぞれが抱える秘密や願いが明らかになっていくというストリーである。

 監督に「どのようなテーマで作ったのでしょうか」という質問に対して,是枝監督は「血縁が無い仲で、人って家族が作れるのだろうか?という問いについて考えてみたいということでしょうか。血のつながっていない共同体をどう構築していけるか、ということですね。特に震災以降、世間で家族の絆が連呼されることに居心地の悪さを感じていて、だから犯罪でつながった家族の姿を描くことによって、“絆って何だろうな”、と改めて考えてみたいと思いました。」と答えておられる。

 確かに考えて見ると、血のつながった仲で有りながら,子供が親を殺したり,親が子供を殺すというニュースを耳にすることが少なくない今日、家族の絆って何だろうかと考えざるを得ない事がある。

 そうした仲、この映画はその事を考えさせてくれる映画である。

 最後まで、涙を流す事は無かったが、全体として言える事は、演じる役者達が,芝居がかった演技ではなく、ごく自然な形で会話している状態で見やすさを覚える事が出来た。

 聖書にも家族についてⅠテモテ5:8には次のように書かれている。「もしも、親族、ことに自分の家族を顧みない人がいるなら、その人は信仰を捨てているのであって、未信者よりも悪いのです」と。

 私達も,家族の大切さを最認識して,今自分の置かれている所で、家族の絆を大切にし,互いに愛し合っていきたいものである。

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2018年6月 1日 (金)

薬の副作用

 前立腺癌の治療の為に、定期的にお腹に注射を打ち、毎日、毎食後の飲み薬を飲んでいる。

 その結果、副作用として二つの事が表れている。

 その一つは喉にいつもタンが貯まるという事である。

 気持ちが悪いので、いつもゼーゼー言っている状態である。

 しゃべりずらいし、また、歌う時などには声がかすれることもある。

 会衆の中にいる時には、不快感を与えないために出来るだけ我慢しているが、いつもすっきりとしない状態である。

 毎日龍角散の喉飴をなめているが、その時だけは気持ちがいいものの、なめ終わったら、また同じ状態となる。

 もう一つの副作用は、急に汗が出る事である。

 体が熱いと感じ始めるのと、同時に汗が首筋や顔、頭と言った所にわっと吹き出してくる。

 その時は急いで、上服を脱ぎ、汗をタオルでふき取り、扇風機に当たったり、うちわで仰いだりしている。

 特に太極拳の練習に行った時などは、ふき取った汗でタオルが重たく感じる状態となる程である。

 単に暑がりな体の状態になっているかと言えば、そうでもなく、寒さににも敏感で、ちょっと寒くなると我慢が出来なくなり一枚着重ねると言った状態である。

 つまり、極端な寒がり屋でしかも極端な暑がり屋というところである。

 従って、私のズボンのポケットには、いつもタオル式のハンカチを入れている。

 また、家での私の座る台所や書斎、また寝転んでテレビを見る場所にも、年中タオルとうちわを置いている状態である。夜寝る時には、最近は足の方から顔に向けて扇風機で顔の方面に風を当て、体の上にはタオルケットと夏用の布団を横向けにして、肩から顔、また足の部分はタオルケットだけで寝るようにしている。

 毎日飲んでいる薬の説明書には、主な副作用として食欲不振、下痢、吐き気、おうと、肝機能障害といった事が書かれいているが、そういった副作用は今のところ見当たらない状態である。

 先日,PSAの数値が少しずつ上がっている状態なので、骨やその他のヶ所に癌が移転していないかを調べてくださったが、それは無いと言うことであった。

 以前にも言ったと思うが、前立腺癌の治療には、手術による方法と、放射線による方法と、薬による方法があるとこのこである。

 それぞれ長所と短所があるようであるが、薬の場合は完全に癌を取り去る事ではなく、癌を抑えている状態なので、薬を止めればまた、癌の数値が増えてくという。

 従って何時までも薬を取り続けて行かなければならないが、唯、それさえ続けていれば、他に特別な制限もなく生活出来るとのことである。

 だから、これからは一病息災ということで生きて行く事になる。

 先日のペンテコステの時、聖書のことばに「老人は夢を見る」とあった。(使徒2:17)

 私の夢は、何時までも元気で、出来るだけ長く、みことばの御用を続けさせて頂くことである。

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2018年5月16日 (水)

小銭入れを落とす

  Dsc01123 4月の最後の金曜日、私は毎月開かれる徳島キリスト教書店での世の光放送伝道委員会に出席した。

 帰りに書店で「みことばの光」というデボーション用の小冊子を購入した。

 支払いをしようとして、あちこちのポケットをさがしたが、小銭入れが何処にもなかった。

 その時、3階の会議室を調べたら良かったのであるが、カバンの中か、どこかにあるだろうと思って家に帰った。

 そして、あちこちさがしたが、小銭入れは出て来なかった。

 後日、書店に電話しようと思ったが、次の週はゴールデンウイークとなって電話が掛けられなかった。

 すると、委員会に出席されていた他の先生から「先生、財布を置き忘れてはいませんでしたか」とのメールが送られてきた。

 それで「実は私のです」と言って連休明けの月曜日には、もらいに行ってきた。

 すると丁度、私が座っていた椅子の脚の所に落ちていたとのこと。

 どうも私がジャパーを脱いだとき、そのポケットから落ちたみたいである。

 実は、約1年前にも、小銭入れを近くのスーパーで落としたことがあった。

 その時には、住所、名前、どんな色の小銭入れかとか、中にいくらぐらい入っていたかと言ったこまかな事を聞かれたが、落とし主である事を確かめてくださった後、返してくださった。

 私の知り合いの方は、一昨年、海外旅行をする時、関空で、財布を落とし、飛行機に乗り込んでからその事が分かったという。

 財布の中には結構入れていたとの事。

 旅行から帰ってきて、関空に問い合わせたところ、預かっているということで、財布の中の物を問い合わされ、また、自分の身分を証明する書類を送ったら、財布が送られて来たという。

 また、これは私の体験であるが、今から約10年ほど前に、忘れものを見付けた事がある。

 そこは、山に少し登った所にある高速バスの乗り場であった。

 ある人を見送った後、誰もいないのに、婦人用のカバンがベンチの所に置かれいた。

 これは、忘れてバスに乗り込んだものと思い、下にある高速バスの事務所に預けて帰って来た。

 すると数日後、忘れた婦人から電話が掛かって来た。

 その方は山口県よりの観光客で方であったが、とても喜んで下さって、後に下関の蒲鉾が送られてきた事がある。

 こうした出来事を思う時、自分が日本人として、この国に住んでいることを嬉しく思うことがある。

 もし、他の国だとこの様に落としたものが、落とし主の手元に帰って来ることは先ず考えられないという。

 勿論日本でも、出て来ないこともあるが、落とし物は、案外出て来て、持ち主の元に帰る様である。

 落とされたり、忘れられたりしたその物に取っても、持ち主のもとに帰る事が一番幸せだと思う。

 聖書にも、いなくなった一匹の羊や、一枚の銀貨のことが書かれている。

 それを見付けたときに、大喜びして「それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、神の御使いたちに喜びがわき起こるであろう」とある。 (ルカの福音書15章3~10節)

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2018年5月 3日 (木)

散歩のめぐみ

  Photo 私は、毎朝家内と一緒に散歩している。

 散歩を始めて2年目である。

 12月から3月までは、朝はまだ暗いし、また寒いので、午後に散歩していたが、4月になってからまた朝の6時から約30分間の散歩を行っている。

 歩くコースは、大谷川という小さな川の土手の上、そこから下におりて、レンコン畑の農道、そして県道を歩き、ひと回りして帰って来るのである。

 毎日歩いていると、自然の素晴らしさを肌で感じることが出来る。

 大谷川は海が近いせいで、水の満ち引きがある川である。

 そして暖かくなってくると、ボラがジャンプするのを見かける。

 また、亀が岩の上に上がって甲羅干ししている光景を見かける。

 だか、土手の上を私達が歩いているのに気づくと、亀たちは一斉に水の中に飛び込んで行く。

 土手には、色色な草花を見ることができるが、それらの名前が分からないのが残念に思っている。

 レンコン畑の農道では、現在はレンコンの葉っぱが、少しずつ大きくなっている様子を眺めている。

 あと1ヶ月もすると、大きなレンコンの葉っぱとなるが、それはそれで美しい光景である。

 そうするとザリガニが、溝から、舗装道路に出て来ている事がる。

 私達が歩いていると、両ハサミを高く持ち上げて、威嚇している姿を見かけることがある。

 鳥たちに見つかれば、恰好のエサにされるのである。 

 鳥たちは、カラスは勿論のこと、青サギ、白サギ、山バト、そして姿は見せないが「ケン、ケン」と鳴くキジの声やその他、知らない鳥たちの鳴き声も聞こえてくる。

 また、時たま、コウノトリが飛来してエサをあさっている姿を見かけることもある。

 最近は、見かけることがないが、お隣の犬を散歩していた時には、何度かカワセミに出会ったことがある。

 カワセミは、水の中のエサを食べて生活しているみたいで、水路の上を飛び移って移動しながら生活しているようである。

 一度10㍍近くで木の枝に止まっている光景を見かけた事があるが、言葉では言い現す事の出来ないほどの美しさであった。

 また、最近では、畑のあぜ道に、野良犬が住みついている。

 どこで何を食べて生きているのか分からないが、いつも用心していて、私達が歩くのを少し離れた所で見届けてくれている。

 毎日散歩していると、自然と足が強くなって行っているようである。

 3ヶ月前、大阪に行った時、私の姪と一緒に道を歩いたのであるが、私は普通に歩いていたつもりだが「伯父さんは歩くのが速いですね」と言われた。

 新約聖書を読んでいると、イエス様は道を歩いて、花や鳥を見ながら弟子達に話しをされていたものと思われる。

  「鳥のことを考えてみなさい。蒔きもせず、刈り入れもおせず、納屋も倉もありません。けれども神が彼らを養って下さいます。あなたがたは鳥よりも、はるかにすぐれたものです。あなたがたのうちのだれが、心配したからと言って、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。」 (ルカの福音書12:24,25)

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2018年4月20日 (金)

ヒジキ採り

  Yjimage5  家内と私は、毎年、春の大潮の頃に、鳴門の竜宮の磯と言われている軍艦のような形をした岩磯にヒジキを採りに行っている。

 例年だと3月初期の干潮の日に行くのであるが、今年は寒かったり、また雨が降ったり、また、葬儀に参加したりして結局、3月31日になってしまった。

 ところが、行って見ると今年は、ヒジキやワカメなどを採った形跡があまり見られなかった。

 竜宮の磯に行くには、膝まで浸かって海水を渡らなければならないので、胴付き長靴を履いて渡って行く。

 ところが今年はその渡る途中で、あちこちに、若いワカメがゆらゆらとただよっていた。

 それで、次々とワカメを刈り取っていった。

 磯の岩場に着くと、今年は遅く来たので、ヒジキが成長しており、奥の方に行くことなく、バケツや魚を入れる網の袋がすぐに満杯となってしまった。

 そして短時間に去年よりも多くのヒジキを採り、また、ワカメも大きなバケツに一杯となってしまった。

 今年は、多く採ってきたので、後の処理が大変である。

 ワカメは、湯がいたあと塩をまぶして樽の中で重しを乗せ、2日間を掛けて水分を減らして、かさを小さくし、塩ワカメとして冷蔵庫で保存する事にした。

 一方、ヒジキは、まず、きれいに洗った後、1時間半、ゆがき、そのあと、ブルーシートを敷いて天日干しをするのである。

 すると嵩高かったヒジキが非常に小さくなって行った。

 ところが、日光に直接当てていくうちに、ヒジキの小さな葉っぱの一部が、白くなって行くのである。

 そして、段々とヒジキらしくない状態になっていく。

 もっとも白くなっても、味は変わらないが、見た目では、ヒジキらしく見えず、美味しそうにも見えない状態である。

 スーパーなどで打っているヒジキなどは、そうした白い部分が全く見られない。すべて真っ黒で、いかにもヒジキらしい状態である。

 こんなに真っ黒い状態で乾燥するには、どうしたら良いのかが分からない。

 そこで、インターネットで調べたら何か分かるのではないかと検索して見た。

 すると、鉄釜でゆがくと、全体的に黒くなるとあった。

 鉄釜でない場合は、鉄釘を釜の中にいれてゆがくと黒くなるとのことであった。

 それは、黒大豆を煮る場合にも、同じことが言えるそうである。

  ヒジキや黒大豆が、鉄分と共に煮ると、なぜ黒くなるのか、その原理は分からないが、そうだったのかと教えられた。

 今年はもう出来ないが、来年からはそうしようと思っている。

 さて、鍋に鉄の釘を入れるという所から、聖書のある記述が思い出されて来た。

 それは旧約聖書の出エジプト記15:23~25に書かれている。

 イスラエルの民がエジプトを出て、荒野をさまよっていた時、水がなくて困っていたが、ラマという所には水があった。

 ところがその水は苦くて飲めなかった。

 しかしモーセは主に示された通りに、1本の木をその水の中に投げ入れた。

「するとその水は甘くなった」という。

 この木は、キリストの十字架を示していると、注解者達は言っているのである。

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2018年4月 7日 (土)

台湾旅行記 その4

   Photo   台湾旅行三日目である。

 今日もオプションによる新北投と淡水観光である。

 午後地下鉄を乗り換えて集合場所のホテルで待っていると、婦人のガイドさんが来られた。

 すると今日のオプションは私達二人だけという。

 それで、ワゴン車で運転手とガイドさんと私達で北に向かった。

 最初の所は、温泉地の新北投である。

 この場所は1894年にドイツ人によって発見され、その後は日本人による開発が進んでいったという。

 車を降りて、ガイドさんと共に温泉が湧き出ている池の所まで行って見たが、この地の温泉は90度近くあって、丁度良い温度にするには、水を足さなければならないと言う。

 また、台湾では日本のように、みんなで温泉に浸かる文化がなかった様であるが、最近では、少しずつなれてきて広がっているとのこと。

 この温泉地の池の中からは、北投石が取れるという。

 その石には、放射能性微量元素を含んでいるため、小さな玉状にした石をブレスレットとして用いると疾病に効果があると言われており、台湾の土産物売り場に売られていた。

 また、その地に台湾先住民の展示館があって案内して下さった。

 中に入ると、独特というか、ユニークな絵があり、原住民の服装やスタイルなどが展示されていた。

 見ると頭にはちまきをしていて、そこに鳥の羽根を指している姿は、アメリカの原住民とよく似ていると思った。

 台湾には今も山地には、こうした原住民が居られるが、彼らには文字がなかった為、狩りと農耕以外の文化はあまりなかったようである。

 後に中国本土から移住してきた人達によって現在の文化が広がって行ったという。

 それで私が、呉鳳と言う方が犠牲となり、原住民の首狩りの習慣がなくなった話しをしたら、その呉鳳という人は、大陸から来られた漢民族の方であり、子供時代に教科書書で学んだと言う。

 自らが犠牲となった呉鳳という方は、キリストの十字架を表しているので、私は良くその話しを例話としてメッセージに使わせてもらった。

 しかしそのガイドさんは学校で学んだもののキリストと結びつけての話しは教えられなかった様である。

 台湾では、先住民族の方がキリスト教に熱心であるという。

 漢民族の方々ももっとキリストの福音に耳を傾けてもらいたいと思った。

 その後、淡水に行ったが、そこは海辺で夕日がとても美しい所で、海辺が広い公園となっており、その海辺に沿って観光客相手の商店街があった。

 その日は曇っていたので、夕日を見る事が出来なかった。

 またガイドさん達も私達二人だけなので、帰りの電車賃と、オプション客に、御菓子のプレゼント代金を下さって、好きな時間に電車でかえるようにと言って先に帰って行かれた。

 次に日は、帰国となったが、今回の旅は台湾のことを良く知り、また台湾に興味を待たせて下さる良き旅であった。

ハレルヤ! 主よ感謝します。

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2018年3月31日 (土)

台湾旅行記 その3

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きょうは3月14日の台北市内観光の続きである。

忠烈祠のあと、足つぼマッサージの滋和堂という所に連れて行かれた。

バスのガイドさんから、国家資格を取った専門のマサージ師が、足裏のツボを押すことによって、体のどこが調子悪いかを宛てると触れ込みされた後で中に入って行った。

基本料金は、足裏30分で一人700元、その他のヶ所は希望者の追加料金と言う事で、ほとんどの人が申し込まれた。

私は家内にだけ勧めて受けなかった。

家内が終わって帰って来たら、足裏マサージの結果膝が悪いと言われ、高価な黒い粒状の漢方薬を勧められたという。

そして私にお金の支払いを願い出てきた。

そこで台湾紙幣が足りなかったので、手持ちの日本円で購入することにした。

その夜は、別のオプションなので、集合場所に集まって名前を呼ばれ、バスに乗って九分に向かった。

途中レストランで夕食を取り、台北から北東に向かった。

夜なので、辺りの景色は見えなかったが、九分と言う所は、山の傾斜地に出来た町である。

そこは日本のアニメ「千と千尋の神隠」のモデルの館となった場所で有名となった所である。

夜行って見ると赤い提灯がいかにもよく似合っていた。

夜の七時ごろであったが、観光客で大変な混み具合で、狭い階段を登るのが大変であった。

そこで、何枚かの写真を撮ったが、山の傾斜地の商店街としては、得意な所であった。

帰りは、中山駅の西にある台北市街夜市を見て回った。

そこは道の両側の店は勿論のこと、その道の真ん中に屋台店が立ち並んでいて、その距離も長く、とても賑やかな所であった。

私達は何も買わずにただ見て回るだけであったが、そこには色色な飲食物の他に靴や着物などが売られていた。

従って異様な臭いのする場所であった。

台北の市内観光と言う事で、町の主なところを見て回ったが、とても活気のある町であることが分かった。

そのあと、バスで台北駅まで送って下さり、ホテルに帰って行った。

その晩は昨夜よりも、少し早く帰ったが、疲れたので、風呂に入ってすぐに床についた。

百聞は一見にしかずと言われるが、今まで色色な機会に台湾のことを見聞きしてきたが、現地で実際に見ることによって、色々なことがより鮮明に分かって来た。

今後台湾のニュースを見聞きした時には、現地のことを思い起こして考える事が出来て感謝である。

ただ、今回の台湾旅行は一般の旅行なのでキリスト教会を訪問したり、台湾のクリスチャンと交わりを持つような機会はなかった。

聞くところによると、台湾のキリスト教も盛んだとのこと、特に先住民にキリスト教信者が多いとの事であった。

この地にキリストの福音がより浸透していく事を祈る者である。

「私が心の望みとし、また彼らのために願い求めているのは、彼らの救われることです」(ローマ10:1)

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2018年3月24日 (土)

台湾旅行記 その2

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 台湾旅行の2日目はバスによる台北市内観光である。

 今回の台湾旅行は、オプショナルツアーなので、日本の各旅行会社と台湾の旅行会社が提携して、その日に同じ希望者を集めて案内するという旅である。

 従って昼間の市内観光だけは同じ人達がバスに乗って回るが、夜はまた違う人とになる。

 朝7時30分にバスがホテルまで迎えに来て下さった。

 そして最初に向かったのは、行天宮という寺院である。

 そこはそれほど古い寺院ではないが、現在台湾で最も人気のある寺院という。

 中に入ると地面にひざまずいて祈る人々が多くいた。

 地面には膝が汚れないようにプラスチック製の板が敷かれていた。

 寺院の広場であのように熱心に祈っている姿は日本では見られない光景と思った。

 次に行った所は、お茶セミナーであり「大山茶園」という看板のある店に案内された。

 台湾には3000㍍級の山が多くあり、高地で栽培されるお茶はとっても品質が良く体にも良いという。

 何種類かのお茶の効能を説明され、試飲させて頂き、その後、それらのお茶の購入を勧められた。

 私達も、ちょっと高かったが2種類のお茶とその携帯入れ物を購入した。

 次に行ったのは、中正(ちゅうせい)記念堂である。

 そこは蒋介石を記念して建てられた広大な公園の中にあるモニュメントである。

 外は大理石、内は蒋介石と言って笑わされた。

 その敷地内には、国家音楽庁と国家戯劇院があり、日本のミュージシャンや宝塚歌劇などが出演されたという。

 次は国立故宮博物館に行った。

 中国歴代王朝の皇帝たちが収集したコレクションを中国本土から持ち込み、約69万点以上の至宝を収蔵する中国文化と芸術の殿堂である。

 常時約2万点が展示されていて、すべてを見るには8年かかるという。

 フランスのルーブル、アメリカのメトロポリタン、ロシアのエルミタージュと並んで世界四大博物館の1つであるという。

 特に有名な、翡翠(ひすい)を彫刻した「翠玉白菜」や、豚の角煮を模した「肉形石」は見事であったが、白菜は、長さが19㌢程で、意外と小さなものであった。

 次に行ったのは、台湾のヤスクニとも言われる忠烈祠(ちゅうれつし)である。

 ここには戦争で亡くなった兵士が祀られている所である。

 丁度、一時間おきの衛兵交代式の時間に行ったが、一糸乱れぬ隊列を組んだ行進は美しく見事であった。

 ここに選ばれる、兵士はイケメンで、背が高く、また親族に罪を犯した人があれば採用されないという。

 任務に就いた衛兵はまるで人形のように微動だにせず、マバタキも許されないという。

 台湾は、親日国であり、道を尋ねても、快く教えて下さる。

 また日本語の理解者も多いし、朝ホテルでテレビをつけると、NHKの朝ドラが写っていた程であった。

 これからも友好関係を大切にして行きたいと思った。

 「私たちはひとりひとり、隣人を喜ばせ、その徳を高め、その人の益となるようにすべきです。(ローマ15:2))

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2018年3月17日 (土)

台湾旅行 その1

  Dsc01054_2  3月13日より16日まで、家内と共に格安ツアーの台湾旅行をしてきた。

13日の朝5時に高速バスに乗り、関空へ。

 そして10時発のチャイナエアラインに乗り込み現地時間の12時20分に台北の空港に着いた。

 空港を出ると、日本のツアー会社HISが待ち受けてくださって、台湾のサンナルトという旅案内会社のガイドさんに引き渡され、バスでそれぞれのホテルの近くで下ろされた。

 私が勘違いして聞いたのか、言われる通り行って見たが、それらしいホテルが見つからなかった。

 そして尚も行っていると大きな建物が見えてきた。

 そのあたりで、ホテルの名前を言って尋ねたが誰も知らないという。

 台湾のホテルは、大きな看板を掛けてはおらず、しかもそのホテルは、最近になって名前を変えているとのこと。

 尋ね尋ねしてやっとホテルにたどり着いたが、空港での待ち合わせの時間や、両替のための立ち寄りの時間などで、遅くなり、しかも道に迷ったのでホテルに着いたのは、午後の4時であった。

 そこでチェックインして、荷物を預け、部屋にも入らないで夜のオプションツアーの集合場所へタクシーで行くことにした。

 すると同じく集合場所へ行くカップルがいたので、ホテルの受付の人に勧められてタクシーに相乗りして行く事が出来た。

 地下鉄中山駅近くの集合場所にはオプションツアーの申し込み者が集まり、それぞれのバスに乗り込むツアー客を確認し、次々とバスに乗り込んだ。

 途中でレストランに立ち寄り、円形のテーブルで台湾料理の夕食を頂いた。蒸したての小籠包はとても美味しかった。

 その後、台北北部にある十分(じゅうふん)という所のランタン見物である。

 私は、現地の人がランタンに火を付けて昇らせるのを見るのかと思いきや、自分たちでビニール製のランタンを昇らせるとのことであった。

 高さが1㍍50㌢程あるランタンの4面に筆で願い事を書いて広げると籠を逆さにしたようなものである。

 その下の口の所に十字の針金があり、その中心部分に油をしみこませた布だと思われる物に着火する。

 すると空気が乾いて浮力がつく、それを空に向けて放つのであるが、数が多いと、勢いよく舞い上がって行く光景は素晴らしい。

 私達も、健康寿命が全うされるようにとか、一病息災でありますようにとか、孫の成長を願っての言葉などを書いて、夜空に放ち、写真に収める事が出来た。

 帰りは、台北駅でバスを下され、そこからは、自分でホテルに帰る事になった。

 そこで分かった事は、昼間迷った時に見かけた大きな建物は、台北駅の横側だったのである。

 そして昼間迷ったので、場所が分かり、難なくホテルに帰ることが出来た。

 主は、無駄だと思える様な事も無駄にはされなかったのである。

「神を愛する人、すなわち神の計画に従って召された人々のためには、神がすべての事を働かせて益として下さる事を、私達は知っています」(ローマ8:28) 

 

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